こんにちは^^

みなさん、「卒業式の思い出は何ですか?」と聞かれたら何と答えますか?

出会いと別れの記念日として色々な思い出があるかもしれません。

 

でも、そんな特別な日だからこそ普段起きないようなハプニングも付きモノです。

 

そんな、面白ハプニング集を集めました。

 

題して『卒業式感動する話から面白エピソードまで忘れられないあるある30選』

 

それでは、本題に入りましょう!!

 

 

小学校編

 

教頭先生が階段を上がって、一礼した時にカツラが外れかけ、取れなかったのですが、いがんでしまって、アシンメトリーみたいに(笑)なってしまっていました。

 

しかし教頭は時間や進行を気にしたのかそのまま続行して(笑)こっちサイドは耐えれなかった。笑っている人も沢山いましたがほとんどの方は我慢していましたが、教頭も耐えきれなかったのか、一段落ついた謝辞などの、時席外して戻ってきたらちゃんと、治っていた。

 

普通にそれがまたおかしかった、教頭の焦り顔とアシンメトリーとみんなの反応も最高に面白かった。今でも忘れない(笑)

大事な時にずれちゃうんですよねー

 

卒業式の時、わたしは卒業生で、ただ卒業式が終わるのを待っていました。

 

送辞を聞き、もう少しで終わりだなと思っていたら、答辞を読む予定だったひとが、答辞を読むのを急に壇上でやめて、どうしたのかとみんな注目していたら、その人は急に自分の思いのたけを自作自演で歌いだし、その場は少しパニックになった。

 

その後その本人は先生に壇上から強引に連れ去られ、こっぴどく怒られていました。突拍子もないことをするような人ではなかったのでみんな驚いていました。その人いわく、思い出になるようなことをしたかったと後々、風の噂で聞きました。

サプライズは諸刃の剣。成功するためには協力者がいるということを学べたのではないでしょうか^^;

 

予行練習では卒業証書を受け取り下がって一礼。そうするはずだったのですが、下がる時に卒業式当日のみ置かれた臨時の花壇が壇上にあってそれに気づかず頭からこけてしまいました。

 

私はおでこを床に打ち付けて、周りは少しシリアスな雰囲気になりました。私はすぐ証書をもらい席に着こうとステージから降りようとしました。真っ赤にさせたおでこに気づかず、そのまま保護者席を見るとその瞬間、私のおでこを見てどよめきと笑いが同時に起こって、覚えていないですがそのとき吹っ切れたのかニヤニヤしながら自分の席に帰っていったそうです。

 

正直私はこける前までしか覚えておらず、なんでおでこを打ったのかも覚えていません。

リハーサルは本番と同じ環境でやってね!!そうじゃないと何のためのリハーサルか分かんなくなるから!!

 

卒業式のために、卒業生全員きっちり行動を揃えられるように、毎日練習していた。

前日の予行練習の前までは怒られることも多かったが、全校児童の前での予行練習では、全員がほぼ全ての行動をぴったり合わせ、完璧にできるようになった。

その練習の終わりに、卒業生だけ残って反省をしているとき、学年主任の先生が「お前たちはやればできる」と号泣し、ほぼ全員がもらい泣きをした。

 

予行練習でみんな泣きすぎて、卒業式当日は泣く人がかなり少なかった。予行練習で感動しすぎた。が、その話は同級生で集まれば今だに話題に上がるほど、私たちのなかでは印象深い思い出話になっている。

結果じゃなくて、過程が大事なんですよね^^

 

 感動の卒業式の最中に便意をもよおした友人のハプニング。

卒業生が恐らく160人くらいいたと記憶しているのですが、卒業証書授与のタイミングで大をしたくなったようです。

 

当の本人は感動している場合じゃく、私は周りの感動の雰囲気と、一人自分との闘いをしている友人との雰囲気のギャップに笑いを堪えるのに必死でした。

もちろん感動は吹き飛んでしまったことは説明不要せすよね。友人はまだ名前を呼ばれる前のタイミングだったのですが、あの空気の中でトイレに行く勇気は彼にもなかったと思いますし、私にも出来なかっただろうと思います。そのまま卒業証書を受け取りに行く際の彼の後ろ姿は今でも忘れません。歩き方が不自然でしたから。

下痢の攻撃力は本当に恐ろしいですよね^^;

 

卒業式の最中に在校生の一人が居眠りをし、たまたま卒業生と同じ名前のため、呼ばれた瞬間にその在校生は大きな声で返事をして飛び起き上がり、卒業証書をもらいに行こうとした。

 

周囲はびっくりして、来ていた卒業生の父兄達がびっくりし、教師達もかなり驚いていた。その在校生が寝ぼけてか、卒業証書を取りにこうとしたところを他の在校生達と担任が留めにかかり、周囲がかなりざわついた中、ようやくしてその在校生は周囲の状況を察し、顔を真っ赤にして座っていた椅子へ静かに戻っていった。

 

その後、教師にこっぴどく怒られてクラスメイトにはかなりからかわれた。

きっと、本人は一生忘れないと思います^^

 

 

中学校編

 

中学の頃はなんだかはっちゃけてしまい、「目立ったことをしたい」「ハメをはずしたい」という気持ちの強い学生でした。

色々と当時の先生方には迷惑をかけてしまったのですが、中学の卒業式もその1つです。

 

今となっては何を思ったのか、普段黒髪の私は卒業式当日に髪を明るい紫色に全て染めて行きました。紫色にこだわりは無いのですが、一般的に髪を染める色として使われることの少ない色だと思ったからだったと思います。

卒業式が間近に迫る中、私を見た担任は目を丸くし怒りましたが、どうしようもないので「帽子をかぶって出席」する様に指示、私は抵抗しましたが学校で用意された帽子を被らされました。

しかし式の中で私の名前を呼ばれた時、私は「はい!」と大きく返事し、帽子をバッと外しました。

生徒のみならず保護者、学校関係者、色んな方面から動揺のざわつきと笑いが起こりました。

その後は私は帽子を被ることなく卒業式を最後まで出席しました。

 

教室に戻ってから担任に怒られるかと思いきや、怒られるどころか「これからもお前らしくやっていけよ」と言われた覚えがあります。あの言葉や対応には今から思うと感謝しかありません。

頑張りを認めることが、先生の役目でもあるんですよね^^

 

待ちに待った中学校の卒業式。明るく笑顔でみんななかよしなクラスでした。卒業式の練習の時もサボる人はいませんし、欠席の人もなく、真面目に練習して、先生の合図で起立、礼、着席をきちんと周囲の人と合わせて行動していました。校歌も国歌も真面目に練習していました。

いざ本番です。当日は、普段より厳かな雰囲気で校長先生の祝辞が長くて、そこそこ感動する内容でした。もう何年も前の事なので何を話されたか覚えていませんが。

 

話が終わり、先生が卒業生起立と言ったので一斉に立ち、礼ッと気合を入れて先生がおっしゃったので、気合を入れて勢いよく私は礼をしました。

 

そして前の人のパイプ椅子に頭をぶつけました。周囲に笑いが起きました。

ちょっと!! オチがべたすぎる!!

 

式で賞状を受け取るときのことでしたが、あるヤンチャなグループの一人が名前を呼ばれ、賞状を受け取って席に戻る前に壇上にヤンチャなグループ全員が壇上に上がり、それぞれ入れ替わりで記念写真を撮影し始めました。

会場内は大爆笑で当時の校長先生も理解ある方でしたので笑いが出たようです。そのほかの教師の方達の顔色が変わり、壇上に上がろうとしましたがその様子も撮影したりしてさらに爆笑でした。

 

コントのような感じで私もつられて笑い、その後はクラッカーを鳴らしたりしたあと、壇上から降りた後は教師とヤンチャなグループとの鬼ごっこ状態でした。彼らが出ていった後は粛々とした式に戻りましたが当時の学年らしい卒業式だったと思ってます。

中学生だからできる思い出ですよね。その度胸は大人になって役に立つはず!!

 

モテない私は卒業式でボタンを貰ってくれる人が一人くらいいるかなと思って期待していたのですが、誰も受け取りに来る人はおりませんでした。

 

そのまま帰るのは情けないので、ボタンを全部外して学校の近くの神社でお賽銭を入れるところに投げ捨てて学校に戻ったところ、なんでお前が全部無くなってんだよとからかわれたのですが、みんな可哀想だからってもらってくれたんだよと説明していたところ、実は神社に投げ捨てに行くシーンを目撃していた女子がいて、10年後の同窓会でお酒も入っていたせいで暴露をされ、本当に可哀想な情けないやつだと笑いものになりました。

 

結婚もしていたので全然悔しくなかったですが、独身、彼女無しだったらとんでもないことになっていたと思います。

いや、神社に投げ捨てに行くのを目撃する女子って、、、本当はその女子が狙っていたんじゃないの?

 

卒業式の最後に卒業生の先輩たちが旅立ちの歌を合唱し、私は鼻水も出るほどの大号泣。しかし、卒業生の先輩には誰一人知り合いもおらず、思い出もなかった。在校生で泣いているのは私ぐらいで、なんなら卒業生で泣いている人もわずかだった。面白いというか恥ずかしい思い出。

 

その後歌が終わってからも私は感情がおさまらず嗚咽しながら泣き続けました。(自分でもなんで泣いてんのかよくわからない。その場のお別れの雰囲気にやられた。)周りの友達はそんな私を見て爆笑。先輩達に逆に失礼だったな。。と今になって反省しています。

その感受性が豊かなのはステキなことですよ^^ でも、嗚咽までは行きすぎちゃったかな^^

 

卒業式において、感動はつきもの。特に卒業生が歌う際には皆泣き始めてしんみりとしながら歌うことが多いと思います。しかし、私の中学生時代の卒業式では卒業生が皆ざわつく時間になりました。

 

私が卒業した中学校は自由な校風もあり、伝統的な仰げば尊しなどの曲でなく、毎年J-POPが返却されるなど生徒の意見を重視してくれていました。私の卒業式でも、当時流行っていたバンド曲。友情を歌っているので、激しい曲調ではありましたが一応卒業式向きでした。

 

本番当日、リズミカルな曲の中で皆が真面目に歌っていると伴奏が暴走し始めました。気分が高揚し、謎のアレンジが入り始めたのです。ワンフレーズ毎にトゥルルルンと流れるようなピアノの音が入り、卒業生は泣くどころか何だこのアレンジ?とざわつき始めました。保護者も同様です。

 

とくに注意されることなく曲は最後まで進みましたが、卒業生は明らかに例年より感動している人が少なくざわざわ…。伴奏者は満足そうにしていましたが、皆のなんだこれ!?という顔が並んでいておもわず笑ってしまいました。

ランナーズハイならぬ、卒業式ハイ?

 

他の時の卒業式のことは記憶が曖昧なのに、この中学時代の卒業式は思い出してしまいます。
プチトラブルというか少し困ってしまったのは中学生時代の卒業式でした。

 

教室にいたときからあるクラスメイトが泣いていました、まだ泣くのは早いんじゃないかなぁと思っていましたが、その時は割とすぐに泣き止んでいました。ですが卒業証書受け渡しの際に再度号泣。泣きすぎて精神的なストレス?緊張があったのでしょうか、突然椅子から崩れ落ちてしまい、会場は一時騒然となりました。

 

おそらく貧血だったのかと思います。突然倒れてしまったものですから、館内はざわつき始め授与は一時中断となってしまいました。後日ですがビデオを見ていると、その際会場のざわつきのせいで僕の友人が名前を呼ばれる際にうるさくて一切聞き取ることができず、彼はとても悲しそうでした、あの顔は忘れられません(笑)

一生に一度のタイミングが雑音で遮られると辛いですよね^^; かと言って、倒れた人に文句を言う訳にも行かないですし^^;

 

卒業式の日、式の前に、担任の先生に渡す花束を教室でみんなで確認していた時の事です。突然、先生が教室に入ってきてしまい、花束を見られてしまいました。

結構豪華な花束で、隠す時間もなく、完全にバレてしまいました。

 

教室内では気まずい雰囲気が流れ、ましたが、クラス委員の子が「バレたんだから仕方ないよ。今、あげよう。」と言い出して、さっさと渡してしまいました。

先生も、呆気に取られたまま受け取ってしまい、そのまま職員室に戻っていかれまして、在校生や家族からの卒業のお見送りの際、各クラス花束を渡す時間が取られていたのですが、私達のクラスにはその花束が無く、担任の先生は花束が無いまま、校門を出ていってしまうと言う、悲しい事態になってしまいました。

 

今でも当時の友達と会うときは必ず、その話題が出て、笑い話になっていますが、私は全く笑えません。

だって、そのクラス委員は私でしたから………………。

先生っ、すみませんでした!!

先生っ、何で出て行く時にその受け取っていた花束を持って行かなかったの?!

 

同じクラスの真面目なA君が、卒業式の日、登校時間を過ぎても登校してきませんでした。担任の先生が自宅へ電話を入れたところ、「遅刻します。理由は行ったらわかります。」と言われたとのことでした。

 

その担任の先生の話を聞き、「どういうことなのだろう?」とクラスの中がざわつき始め、色々な想像をしながら、ドキドキしてA君を待っていたところ、普段は真面目なA君が、前髪だけをクルクルに巻いたヘアースタイルで登場しました。

 

クラスの皆は驚いていましたが、何事もなかったかのように、普通にA君と接していました。

あれから20年以上経ちましたが、A君のクルクルとした前髪は私の脳裏に焼き付いています。今でもたまに思い出す中学校の卒業式の思い出です。

真面目なタイプ程、下手なんですよね。。。

 

その年はインフルエンザが大流行してしまった。

卒業式が近くなる中、何とかインフルエンザで休んでいた人がどんどん元気になり卒業式前日まで何と後一人だけの欠席でした。卒業式当日はまさかの前日まで欠席だった人が復帰し逆に前日まで元気だった人が欠席してしまいました。それとインフルエンザが流行っていたために卒業式は全員マスク着用で合唱の時も正直何言っているか分からない状態でした。

 

結局卒業式自体は無事に終わりましたが感動の卒業式のはずが初めての全員マスク状態での式だったので何故かみんな笑ってしまう始末でした。

卒業式の後は春休みなんだから、もうマスクしなくてもいいんじゃない??

 

中学校の卒業式での出来事です、体育館で行われた卒業式、体育館は時期的にも寒くてゾクゾクと体がしてきてその時です、ヒャック、ヒャックと音がしましたえっと?思って周りを見わたしたのですが、どうやら近くでなっているな、と確信したところその音が自分から聞こえることに気づいたのです。

 

そして周りの人の視線が矢のように突き刺さり、でもわたしのヒャクリはとどまることを知らず、ヒャック、ヒャック、と体育館中に鳴り響き、恥ずかしさと感動に包まれてる卒業生、在校生、保護者、先生方に申し訳なく感じ、クスクスという笑い声が響いたのでした。

こんな時に、臨機応変に対応できる先生がいたらいいんだけどねー

 

昨年中学校の卒業式に参加しました。

子供たちはみんな3年間と言う短い期間でしたが、よくがんばったと思います。あと私は私立中学の卒業式に出席させていただいて思ったのですが、胸につけるお花が造花ではなく生花だったんです。それがすごく艶やかでとってもきれいでした。

 

女の子たちがピークで男の子たちが黄色で大勢並んだ時にとてもきれいでした。やはりつけてる花が造花ではなく、生花だと、目にも綺麗だし感動が違いますね。そして思い出の写真に残した時に生花だったんだと、思い出せるので私は生花はすごくいいと思います。先生方も生花だったのでとても鮮やかでした。

人数分の生花を準備するのは、想像以上に大変なことだと思います。学校、先生の想いが細部にまで込められていたのが分かりますね^^

 

中学校の卒業式は厳粛な雰囲気の中、感動の涙で終了するのが常です。

その年の卒業式も流れは順調で、卒業生の代表生徒による答辞の頃には女子生徒を中心にすすり泣きの声があちこちで聞こえました。感動の頂点は卒業の歌で、男子生徒や保護者、教職員の中にも涙は伝染していました。

校歌斉唱、閉式宣言に続いて残すは卒業生の退場だけです。会場には静かに退場の曲が流れ、すすり泣く声も聞こえます。

 

その時、司会の先生が声高らかに発したのが「卒業生入場」という言葉でした。

 

会場が一瞬静まり、次にクスクス笑い声があがり、言い間違いに気づいた司会の先生が「卒業生退場」と言い直した時には緊張感がすっかりとけてしまっていました。にこにこ笑顔で退場する生徒、笑顔で手拍子する保護者に送られ和やかな卒業式になりました。

笑って思い出せるハプニングは、良い思い出ですよね^^

 

高校編

 

高校の卒業式でのことです。私は県外の大学に進学が決まっていて、卒業式のすぐあとから家族や彼氏と別れて一人暮らしをすることになっていました。

 

卒業式開始と同時に強烈に悲しみが押し寄せてきました。なんとか涙をこらえて耐えていたのですが、校歌を歌っていると慣れ親しんだその旋律に誘われて涙があふれてきました。一度涙が出てしまうと抑えるのが難しくなってしまい「うう……うっ…」とハンカチで目をおさえながら泣きました。悲しみが絶頂になるにつれて嗚咽も大きくなってしまいます。

でも頭の中では冷静な自分もいて、静かな式場で嗚咽なんかもらしたら恥ずかしいから我慢しようと考えました。そこで無理に口を閉じたのです。

 

そしたらなんと「ゔぉゔっ!」というウシガエルみたいな醜い声が会場に響きわたってしまったのです。周囲はビックリしたり爆笑したりドン引きしたり……私は恥ずかしくて失神しそうでした。

感情を無理に抑えようとしなくていいですよね^^

 

卒業式は別れがつきものですが、当時自分にはこっそり付き合ってる相手がいました。なぜこっそりかというと、同じ部活の子が僕のことを好きで、さらに付き合っている子とその子が親友だという複雑な関係があったからです。

 

で、彼女と同じ大学に行こうとしていたけれど落ちてしまった僕は、なんとしても遠距離でも今の関係を伝えたいと思って、彼女を呼び出して気持ちを伝えました。運悪くその時の様子を目撃したクラスメイトがいて、散々冷やかされてしまいました。とてつもなく恥ずかしい思いをしました。

 

それだけにとどまらず、数時間後に僕を好きな子の耳にもその情報が届いてしまい、最悪の事態へと発展。ふたりの親友関係が崩れるのは僕としても忍びなくて、三人で真剣に話をする場を設ける羽目に。結局ギクシャクしたままの心の痛い卒業式となりました。

 

こんなドラマみたいな展開が本当に自分にあるとは!結局大学で遠距離は続かなくて別れたのも辛かったです。今でも別れた彼女が何しているのか気になります。

くーー アオハルかよっ!!

 

ハプニングではないかもしれませんが、その当時大好きだった3年生の男の先輩が卒業する日の話です。

私は花束をもってその先輩の部室で待ち受けていました。その先輩としばらくお話して帰ろうとしたら、先輩が何かそわそわと周りを見回しだしました。

 

どうしたのか聞いたら、どうやら本人は自分がすごく人気者だと思っていたみたいで私のほかにもたくさんファンが待ち受けていると思っていたらしく、「せっかくの俺の門出なのに見送りがいない」とブツブツ言っていました。

 

私だけでは不満なのかなとちょっと寂しく思いましたが今ではいい思い出です。

くーー 勘違い野郎かよ!!

 

私が通っていた高校での卒業生として参加した卒業式の話です。

私が通っていた高校は普通科10クラス、国際科1クラスの合計11クラスの合計440名の卒業でした。3年間一緒でしたので、名前は知らなくても、同じ学年の子らの顔は、お互い覚えていました。

 

卒業式の最中に、別のクラスの男子が目立つ行為をしました。卒業式に入ってくるときは、普通にその男子はしてました。一人一人卒業生の名前が呼ばれる形でした。その男子の名前が呼ばれた時、いつの間にか「本日の主役」と書かれたタスキをかけていたので、かなり目立ちました。

 

そして、制服の袖から、旗をだす手品をやりました。そういうことをするのは、その男子だけだったので、かなり目立ちました。先生方も、普段なら怒るところですが、卒業生だから大目にみている表情でした。出席している保護者と、在学生は大笑いでした。しばらく笑いがとまらず、一段落するまで式は一時中断です。卒業生だから、ご愛嬌ということで終わりました。

何日も前から、必死で準備していたんでしょうね^^

 

高校生の卒業式のお話です。

すごい人気だった、ジャニーズ系の男の子がいまして、その人の第二ボタンが欲しくて大変な行列ができたことを覚えています。みんな第二ボタンが欲しかったので、最後にその男の子がジャンケンで決めようと言うことだったのです。

それで皆んなが欲しいと泣きわめく子もいて大変だった覚えがありますじゃんけんをみんなでしましたがなんとなんと私が買ったのです。

 

そして第二ボタンをその子に受け渡した瞬間お母さんに怒られましたあなたは第二ボタンをもらってどうするのと言われたので、私は思い出にします。って言いいました。これはね、あげられないのよ。制服だから一生宝物なのよと言われて私は唖然としました。結局お母さんに言われて私は第二ボタンをもらえませんでしたが、とてもいい思い出なりました。

ん?? だったら、じゃんけんの前に言えばいいのに、、、アレ??

 

ハプニングと言うわけではないのですが、私のいた高校の卒業式はちょっと変わっていて面白いのです。

卒業式は卒業生にとっては感動的で、人生の節目でもある大切な日ですねよ!でも、在校生にとっては退屈で早く終わって欲しい行事です。

この卒業式も途中までは他と変わらない式で、校長先生のお話があったり、どこかの偉い人のお話があったり、長い長い卒業証書授与式があったり校歌を歌ったりでした。

 

しかし、最後の最後!卒業生が退場する時に、なんと!在校生に向かって退場しながらお菓子をまくんです!

退屈で、堅苦しかった卒業式がに笑顔と歓声があふれ、楽しい気分で終わることができました。

いつから始まったことなのかわかりませんが、最初にやろうとした人たち、それを許した先生たちは凄いなと思いました!

卒業生が在校生へのサプライズって珍しいですよね。主役である自分たちのことで頭がいっぱいのはずなのに、このアイデアは本当に素的なアイデアだと思います!!

 

娘の卒業式に去年出席しました。

私は卒業式と言うと堅苦しいイメージがあったのですが、私立の卒業式はすごいです。立食パーティー式で鴨テリーヌやフレンチドレッシングのついたサラダ等、普段では食べた事のない料理でいっぱいでした。私立の卒業式は謝恩会兼、卒業式のようでした。

 

ペンライト思って歌を歌ったりったり、本当に楽しい1日でした。卒業式が楽しいんなんて娘は大変幸せだったろうなぁと思います。私立は学費はとても高いのですが、最後にこんなに、すばらしい卒業式に参加できたことを私は保護者として誇りに思っています。

そんな卒業式もあるんですね^^とても貴重な一日として、良い思い出になりますね^^

 

大学生編

 

仏教系の大学に通っており、卒業式で模範生として表彰される事になりました。

表彰後、理事の禅師の訓示が始まったのですが、90歳前後と高齢のため滑舌がはっきりせず、訓示のところどころが幼児語のようになってしまいました。禅師は車椅子に乗ったままお話しになったのですが、マイクの高さが合っておらず、客席側から見ると、剃髪した頭の上にマイクのちょんまげが乗っているように見えるシュールな光景が広がっておりました。

 

我々表彰模範生は最前列でビデオ撮影されているので笑うに笑えないし、訓示の内容は頭に入って来ないしで、何だかすっきりしない気持ちで卒業式を終えました。保護者席にいた母親は忍び笑いを我慢するあまり、尿漏れを起こしたと話していました。

周囲の先生!! ちゃんとなんとかしてあげて!!

 

大学の卒業式は大学の近くの市民会館にて行われました。

私の友人(男性)は両親が離婚されていて、卒業式当日は一緒には住んでいないお母様が出席してくれる!久しぶりに会うんだ!と張り切っていました。卒業式前日、私たちは最後の麻雀大会と称し午前3時くらいまで麻雀に明け暮れました。私はその後午前6時から袴の着付けを予約していたので先に帰宅し、仮眠をとりましたが、残った友人はそのまま麻雀を続けていたそうです。

 

卒業式当日、友人のお母様は開式前にお見かけしましたが、肝心の友人の姿がありません。そして、卒業生が呼名され始めてしまいます。

友人の名前が呼ばれ、その次の卒業生の名前が呼ばれたとき、寝坊した!と当の本人が現れ、会場内はドッと笑いに包まれました。久しぶりに再会したお母様にはこっぴどく怒られていました。微笑ましい思い出です。

いや、そんなマンガみたいなやつおれへんやろ、、、って、おんのかい!!

 

短期大学の卒業式のことです。

私は田舎の小さな短期大学で2年間過ごしました。地元から離れ初めはとても寂しかったけど、友達と遊んだり、サークル活動、アルバイトなど、この時期しかできないことをたくさんして楽しんでいました。そしてとうとう卒業式の日。いろんな方の話が終わり、学長の話が始まりました。話を聞きながら今まで過ごした日々を思い浮かべながら友達とほろっと涙する私。

 

ところが、聞いても聞いても話が終わりません。感動から、まだ終わらないの?という思いの方が強くなってしまいました。もちろん涙は話の途中に止まってしまいました。卒業式が終わった後、こんなことがあったよねという話と、学長の話が長かったという話で私たちは最後の短大生活を楽しみました。

まったく、近ごろの年寄りは、、、

 

晴れて大学の卒業式に望んだ私を待ち構えていたのは悪夢の電話でした。その電話とは「内定切り」の電話でした。

「あの話、なかったことになったから」

それだけの言葉で、私の卒業式後の進路は絶たれてしまうことになったのでした。

 

一瞬目の前が真っ白になりましたが、周囲の同級生達に、「さっきの電話で内定がなくなった」と言ってみたところ一瞬静かになりましたが、次の瞬間には「おまえついてないな」と笑いにかわりました。

 

それから私は一年の就職浪人を経て就職しましたがパワハラに遭い退職しました。でも、現在は再就職をはたして元気に働いています。あれは忘れられない卒業式でした。

忘れられない卒業式でした、と思い出せるステキで強い心の持ち主ですね。これからも負けずに頑張ってください!!

 

まとめ

 

『卒業式感動する話から面白エピソードまで忘れられないあるある30選』はいかがでしたでしょうか。

 

卒業式はある意味人生の節目であり、非日常な一日です。

 

その一日で起きたストーリーだからこそ記憶に残大事な思い出になるのではないでしょうか。

 

みなさんの思い出に残る卒業式のお話がありましたら、是非コメントをお寄せくださいね^^

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました^^

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